SUIRYO 翠陵 vol.88
3/32

02SUIRYO 88引退とともに人の可能性まで閉じることのないようにと願う選手で20年、指導者として7年のプロ野球生活を振り返り、チーム内で僕が選手たちに伝えてきたことを今日は皆さんにお話しします。プロ野球の世界は華があり、プロ野球選手はとてもやりがいのある仕事です。その一方で、毎年チームで10人ほどが戦力外通告を受けます。プロ野球選手としての寿命は平均で7年ほどときわめて短く、現役を退いてからの人生は長く続きます。だから、引退とともに自分の可能性までが閉ざされるものではないと、選手たちにはっきりと伝えたい思いでコーチ、監督という指導者として過ごしてきました。心×行動=結果(成果)という図式で表される通り、結果という答えを導き出すためには行動だけでなく、心の持ち方が重要になります。それ次第で、より大きな成果へとつながっていきます。これは、指導者になって学んだことの一つです。選手たちはどううまくなるかを技術面で考えて練習はするものの、メンタル面がおざなりになってはいなかったか、という反省があります。そちらに考えがおよんでこそ無理なく技術は上達します。さらには、いずれ球界を去っていく者たちにも何かのヒントにはならないかとの思いがあり、選手として接することのできるうちに伝えていこうと考えていました。成功を信じる力「成信力(せいしんりょく)」で広がる可能性選手に伝えようとしていたものに、「3つの力」というのがあります。この力は、脳にもメンタルにも良い効果をもたらします。まず一つ目は「成信力」です。成功を信じる力と書きます。今から100年前の1923年、1マイル走(=1600メートル走)の世界記録は4分10秒3でした。記録更新は不可能と言われ、実際にイギリスの陸上競技選手ロジャー・バニスターが、1954年に現れるまでの30年ほど記録を更新する選手は出てきませんでした。しかし、彼が4分の壁を切ったことで、他のランナーのマインドが大きく変わり、それから1年の間に30人ほども4分を切る選手が現れたといいます。最初から無理と思わず、諦めずに挑戦するランナーが多く出現したことで起きた出来事でした。ほんの1パーセント、ほんの一歩信じるということが、未来を大きく広げるのではないでしょうか。私の好きな言葉に、「歩き出したはじめの一歩は、一万歩より価値がある」というものがあります。一歩を踏み出す勇気やチャレンジすることがどれだけ大事か、ということを教えてくれる言葉です。無理だと思う先に、成功や成長はありません。夢が叶うと1パーセントでも信じて動いた先には、叶わなかったとしても僕らは絶対に成長できているはずです。成長を信じていいのです。成長の繰り返しによって、自分の目指す未来に向かって、人生の歩みを進めることができるのです。「成功か失敗かではなく、成功か成功の途中か」という言葉も好きな言葉の一つで、信じて前へと向かう先の道標としています。苦しい時期、その時期こそが自らの成長にとっては大事なとき監督就任2年目からの3年間は、コロナ禍のうちに時が過ぎていきました。チーム内に感染者や濃厚接触者が出るのではないかと、毎日気が気ではありませんでした。ミーティングで集まることもできず、いろいろなことが制限された中でやってきました。皆さんも大変だったと思います。でも、それを乗り越えた先に成長があると思うのです。生きていく上で困難、苦難、災難が、僕らで言うと怪我や連敗、スランプなどがあります。それを乗り越えたからこそ、やった!と思えるのです。うまくいかないこと苦しいことそれは次の成長にとって大事なものなのです。私に精神的なサポートをしてくれる「メンター」でもある福島正伸先生に、あるとき「矢野くん、苦しい時にはね、チャンス!というんだよ」「そうすると人はチャンスを見つけるんだよ」と言われました。本当にそうだと思います。もちろん選手たちにこの話をして、「苦しい時に苦しくはやれへんぞ。苦しい時にこそ、チャンス!と言いながらやれば最高だよな」そんなことをチーム内で言いながら戦っていました。監督1年目の横浜スタジアムで、ノーアウト満塁のマウンドには全然ストライクの入らないピッチャーのドリス選手がいました。苦しい時には「チャンス!」と言おうと偉そうに話した私自身が大ピンチだったのです。ドキドキしながら試合を見ていると、シーンとなっているベンチの中で、2人の選手が大きな声で「チャンス!」と言ってくれました。その瞬間、ベンチのムードが変わりました。それは、私たちのメンタルは一瞬で変えられると知ったときでもありました。ピンチをわざわざ大ピンチにしてやる必要はないのです。ピンチをチャンスに変えられるのです。2023年11月3日(金・祝)晴れ渡る空の下、4年ぶりに開催された「ホームカミングデー」。講演会場となったポートアイランド第1キャンパス B号館・B302講義室が、あっという間に埋め尽くされました。前日に、プロ野球日本シリーズ第5戦を勝利で飾った阪神タイガースが、日本一に王手をかけたこのタイミングでの開催に注目が集まることとなりました。

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る