SUIRYO 翠陵 vol.88
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06SUIRYO 88三人四脚での歩みとなりました。夫は医薬品メーカーに勤務し長男でもあったのですが、父や私と同じように前職を3年間勤めたのちに婿入りし職人の世界に入り、今では工場長としてやってくれています。それだけでなく娘二人の子育てにも奮闘してくれて、完璧なまでに私を支えてくれています。目標数値もないなかで醸成してきた自由な社風私が入社した頃は、社員の女性は私の他に2人しかいない状況でした。志願して工場に入り、5ヶ月ほどでしたが仕上げや鋳物づくりを経験していました。女性だからと、気を遣われるのが悔しく思う頃でもありました。今では、従業員の75%が女性です。意識して女性を採用しているわけでも、数値の目標があるわけでもなく、結果としてそうなっただけでした。採用にあたっては、先代の社長である父の頃から業界経験の有無を問うことはありませんでした。これも結果として前職が美容師、アパレル関係、板前といろんな職歴の多様な人材が揃うことになりました。現在も、人柄や今後の可能性を重視し、採用しています。興味があれば、自らやってみる社員が多く、広報用の写真もプロのカメラマンでなく社員が撮っています。メニューのデザインも社員が考え、SNSや映像も内製です。モデルも事務所の社員や職人たちが担当しています。夏休みのイベント企画もすべて自社内で実施しているので、一つのクリエイティブ集団になってきた感があります。こだわることが社風になってきたのかな、とも思います。互いを尊重し認め合うことで支え合う産業観光の拠点として新社屋が完成して以降、さらに多忙富山県高岡市で400年の歴史を持つ鋳物技術を受け継いだ創業100年を超える鋳物メーカー。伝統を守り発展させるための変革に取り組み、職人の技術や伝統工芸の魅力をより多くの人に知ってもらうために、産業観光事業を開始。本社に工場見学や鋳物製作を体験できる工房を設け、年間来場者が13万人を超える富山県の観光名所へと成長。事業承継を重ね、伝統技術が新たな輝きを放つ株式会社能作Nosaku Corporationを極めるなかでの2019年、父が病に倒れました。それまでスーパーマンだと思っていた父が、突然約一年も会社にいなくなる状況は私にとっては衝撃的でした。その時に強く心に思ったのは、父に何かあった時にすべてを決定し、会社を引っ張っていくのは自分だということ。気がつけばこんなにも多くの社員がいて、支持してくださるお客様もこれだけいるからには、是が非でも守っていかないといけないということでした。後を継ぐ覚悟はそのときに完全にでき上がっていたので、私が会社を継ぐのは自然な流れでした。夫も周囲から、なぜ後を継がないのかと見られていましたが、何度となく話し合っていくなかで、たどり着いた答えがありました。夫は職人の信頼が厚く、社内で結束を高め、守りを固めるにはなくてはならないタイプ、私は外で展望を切り開いていくタイプ、互いの良さを互いで活かしながら助け合って経営していこうというものでした。父は事業承継の講演で話をする機会があり、そこでは、後を継ぎたいと思う土台を作るのが承継させる側の役目なんだと言います。まさにその通りだと思いました。今、こうして忙しく楽しくしていられるのも、父が土台を作ってくれたから、夫や子供たちの支えがあるから、社員やお客様がいてくれるからこそだと実感しています。

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