SUIRYO 翠陵 vol.90
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式典・祝賀会に参加して、私は感慨深いものがありました。特別ゲストとして登場した武井壮さんの存在です。実は、2014年のホームカミングデーで彼をゲストとしてお呼びしたのは私の時でした。あの時、彼は懐かしい母校への訪問にとても喜んでいました。桑原(第6代):今回の設立50周年記念式典・祝賀会では、武井さんは多忙な中、非常に協力的な姿勢を見せてくれました。祝賀会が終わった後も、参加者一人ひとりと握手を交わし、写真撮影にも応じてくれました。その姿を見て、私は胸が熱くなりました。■現役学生へのキャリア支援 司会:同窓会の活動は、卒業生同士の交流だけでなく、現役学生へのキャリア支援にも力を注いでいます。その具体的な支援活動が「OB・OGキャリアデザイン塾」、「産業界等連携講義」と「社会人へのステップアップセミナー」です。木村(第5代):前田会長時代の2011年に始まった取り組みです。始まったばかりの頃は、適切な講師を見つけるのも一苦労で、私たちが自ら壇上に立って話をすることもありました。しかし、桑原さんのように社会の第一線で実績を残された方に講師をお願いできるようになり、事業としてもレベルアップできたと感じています。「社会人へのステップアップセミナー」は、内定を獲得し就職活動を終えた4年次生にも参加してもらったこと定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、交代式さえままならず、結局11月までずれ込みました。木村さんには任期を延長していただき、困難な時期を支えていただきました。私が会長に就任した経緯をお話ししますと、木村会長時代に「OB・OGキャリアデザイン塾」、「産業界等連携講義」の講師として呼んでいただいたことがきっかけでした。当時は同窓会の仕組みも支部活動も知りませんでした。しかし、会員数が8万5千人を超え、間もなく10万人という巨大組織になるにあたり、プライム上場企業の社長を務めていた私の経営経験を活かしてほしいと、木村会長がわざわざ私の元を訪ねてこられたのです。その熱意に打たれ、大役を引き継ぐことになりました。司会:桑原会長は、この同窓会設立50周年行事をあえて「1年前倒し」で実施するという決断をされましたね。桑原(第6代):はい。就任してからの3年間、コロナ禍によって思うような活動ができませんでした。本来、設立50周年は2026年ですが、コロナ禍が収束し、社会経済が再開へと舵を切った今こそ、一気に力を注ぐべきだと考えました。活動できなかった空白の時間を埋め、同窓会の存在感を再び高めるためには、2025年というタイミングで式典・祝賀会を開催し、勢いをつける必要があったのです。2024年の時点でその決意を固め、2025年7月の開催に至りました。木村(第5代):今回の設立50周年記念前田(第4代):そうなんです。樺沢誠さん(1974年度法学部卒)が作られた茶道部の卒業生たちが、各地で支部の中心メンバーとなりました。福岡、広島、徳島など。茶道部といっても、高校時代は体育会系で活動していた者が、大学ではあえて落ち着いた部活を選んで入部したケースが多く、気質は完全に体育会系でした。その結束力と行動力が、全国のネットワークを広げる原動力になったのは間違いありません。■未曾有のコロナ禍と、 50周年記念事業の決断司会:組織が成熟していく一方で、2020年以降、新型コロナウイルス感染症の拡大という、誰も経験したことのない試練が同窓会を襲いました。木村(第5代):私の任期中、最も印象に残っているのは、やはりコロナ禍での日々です。ちょうど会長交代の時期がその真っ只中に重なり、同窓会にとってはまさに「致命的」とも言える状況でした。同窓会の本質は「集うこと」にありますが、それが物理的に不可能になったのです。神戸へ向かう新幹線の車両に自分以外の乗客が一人もいない光景を見たときは、言いようのない孤独感と危機感を覚えました。活動は停滞し、このままでは会員同士の絆が断ち切られてしまうのではないかという恐怖すらありました。桑原(第6代):本来であれば2020年7月に木村さんからバトンを引き継ぐ予15SUIRYO 90 同窓会設立50周年記念誌 発行特別企画

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