SUIRYO 翠陵 vol.90
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伝統の目的を守りながら時代の変化に合わせて挑戦する桑原 実はアパレル業界志望だった私が、一社だけ試験を受けた金融業界の企業が東洋証券でした。もちろん大変なこともたくさんありましたが、その経験があってこそ今の私があると思っています。東洋証券は「信頼、付加価値、得意分野」をスローガンに掲げ、お客様の大切なお金をお預かりするという社会的使命と存在意義を目的として伝統的に守り、今年で110周年を迎えます。一方で、企業は時代の変化に伴って変わっていかなくてはなりません。東洋証券は中国株を扱う国内初の証券会社でしたが、私は米国株をずっと観察し、長いスパンで上がり続けていることに注目し、現地へも何度も足を運び、研究を重ね、米国株に参入するべきだと提案しました。中国株を得意分野としているのだから必要ないと、社内ではかなりの反対がありましたが、結果的にはこの米国株参入が東洋証券の成長の要因の一つになったと思っています。塚本 六甲バターは創業当時、スティックチーズというエポックメイキングな形態の商品を開発しました。その後開発したベビーチーズも50年以上のロングセラーです。常にどんな商品がお客さまに気に入っていただけるのかを考えながら、新しいことに挑戦し続けてきました。「健康で、明るく、楽しい食文化の提供で社会に貢献する」という伝統的な目的のもと、手ごろな価格けではなく、その周りの状況まで把握するという習慣が身に付いたことは、社会に出て仕事をするうえでもとても役立ち、非常にありがたかったと思っています。桑原 電子版でもかまわないので、新聞を読むことは大事です。私はその中から気になった記事を自分で書き起こし、データとして残しています。手間は掛かりますが、社会のいろいろなことが分かってきます。塚本 ゼミで一緒に新聞を読んだ友達とは今でもつながりを持っています。お互いに忙しくて頻繁に会うというわけにはいかなくても、何かのときには力になってくれます。私はいつも「縁と運を大切に」と思っていますが、学生時代の人との出会いは本当にすばらしい縁だったと思います。大学での経験や人との出会いは人生で貴重な財産の一つになる桑原 大学受験当時、私は広島に住んでいましたので地方試験を受け、入学後は有瀬キャンパスの近くで寮生活をしていました。自由な学風で、小事にはこだわらず、のびのびとした学生が多かったという印象です。大学生活を通して多くの人に出会い、それが後の人生において貴重な財産の一つになっています。私は法学部で、とても厳しいと言われていた教授の民事訴訟法のゼミに入りました。実際はとても優しい先生で、楽しい雰囲気の中で教養と専門知識を得ることができました。また、ゼミ長としてもさまざまな経験ができたことを今でも鮮明に覚えています。塚本社長とは15年差、状況はかなり変わったのではないでしょうか。塚本 私が入学したのは震災の翌年、自宅周辺は悲惨な状況で精神的にとても辛い時期でしたが、JRに乗り、壊滅的な被害を受けた三宮を通り抜けて有瀬キャンパスに着くと、友達がいて、先生がいて、勉強ができる穏やかな空気が流れていました。自分にとってはホッとできる最も居心地の良い場所でした。経済学部のゼミでは毎回、新聞を読んで調べたことをまとめて発表しました。3回に1回ぐらいは自分の番が回ってくるため、毎日、家に数誌あった新聞を読んでいました。そのお陰で、経済だ28SUIRYO 90

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